長編アニメーション(90分)

「そばの花、運のいい日、そして春春」


20代の初々しい愛「春・春」、40代の凄惨な悲しみ「運のいい日」、そして60代のおぼろげな追憶「そばの花の咲く頃」…。悲しくても笑い、苦しくとも生き抜かねばならなかった、三つの人生と、向き合う。

메밀꽃, 운수좋은 날 그리고 봄봄/The life called road/2014/90:00/2D 監督 ハン・ヘジン、アン・ジェフン
作品解説
2011年公開の長編「大切な日の夢」のアン・ジェフン監督とスタジオ「鉛筆で瞑想」が、教育放送局EBSと共同企画した「韓国短編文学アニメーション」シリーズの第1弾。韓国の近代文学を代表する3編の短編小説「そばの花の咲く頃」(作:李孝石)、「運のいい日」(作:玄鎮健)、「春春」(作:金裕貞)が収められている。各作品とも1920~30年代の朝鮮半島を舞台としており、綿密な時代考証のもと、登場する地域を数度にわたりロケーションを行うなどして、それぞれ約1年半をかけて制作されている。「大切な日の夢」で1970年代の高校生たちの日常をみずみずしく表現したアン・ジェフン監督が、今作でも大きな変化の時代を迎えた朝鮮社会の姿、そこで生きる庶民たちの悲喜こもごもを、独特の映像美で描き出している。



「結婚にしても、何にしても、まずは大きくなってからだ!」この、大きくなるというのはオレではなく、将来オレの嫁になるチョムスンの背のことである。オレはここに来て、3年7カ月の間、ビタ一文も貰わず働き続けた。それでもまだ大きくなっていないというのだから、全くどういうことか。 オレは、人の背などはすくすく伸びるものだとばかり思っていたが、ピタリと止まって横にばかり伸びる体もあるのだとは、誰が予想できただろうか。
−金裕貞(キム・ユジョン)の小説「春・春」より

「月夜には、そんな話が合うんだよ」「月夜にどうしてあんなことになったのか、今考えてもまったく分からん」 山腹は、一面そば畑で、咲き始めた花が塩を振ったかのようで、ほほ笑む月明かりに、息が詰まりそうだ。 赤い茎が香りのようにか弱く、ロバの歩みも清々しい。道が狭く、ロバにまたがった三人は、一列に並んだ。 鈴の音が涼し気に、チリンチリンとソバ畑の方へと流れていく。
−李孝石(イ・ヒョソク)「そばの花の咲く頃」

生きている人間の目から落ちる鶏のフンのような涙が、死んだ人間のこわばった顔をポツリポツリと濡らした。ふと、キムさんは狂ったかのように、自分の顔を死んだ者の顔にこすりつけながらいた。「ソルロンタンを買ってきたのに何で食えないんだ、何で食えないんだ…。妙に、今日は運が良かったと思ったら…」
−玄鎮健(ヒョン・ジンゴン)「運のいい日」

Director’s note
アニメーター以前に僕は文学を夢見ていて、その時に出会った初恋が韓国の短篇文学だった。アニメーションという人手の要る努力を通じて、一語一語に込められた作家の筆力をスクリーンに映したかった。人を理解するということは、その人の痕跡を感じることから始まる。文学の中で韓国の痕跡に出会うことを願う。

原作者プロフィール
李孝石(イ・ヒョソク/「そばの花の咲く頃(메밀 꽃 필 무렵)」著者)
1907年、江原道平昌郡生まれ。1942年没。郷土の美しさを文筆で描く詩的表現を特長とする。本作は1936年に発表され、1920年代の江原道平昌郡蓬坪面の市やそば畑の風景が描写されている。

玄鎮健(ヒョン・ジンゴン/「運のいい日(운수 좋은 날)」著者)
1900年、慶尚北道大邱生まれ。1943年没。日本の植民地支配下にあった民族の受難を、客観的・現実的に描写した、朝鮮近代文学におけるリアリズムの先駆者といわれている。 本作は1924年に発表され、当時日本の支配下にあった京城(現在のソウル)の市街地を舞台としている。

金裕貞(キム・ユジョン「春・春(봄봄)」著者)
1908年、江原道春川市生まれ。1937年没。 豊かな固有語の語彙と素朴な文章が特徴で、朝鮮半島の農村の実態や人々の暮らしを、ユーモアを織り交ぜて表現している。 本作は1935年に発表され、1930年代の農村を舞台としている。